さやココのオンラインお菓子教室で、世界を幸せに。

お菓子レシピ

皆さんこんにちは、フランスと日本を繋ぐ菓子職人として日々活動中のさやココです。

今回はお菓子レシピではなく(楽しみにしていた方ごめんなさい)、私(さやココ)のことを皆さまに少しでも知ってもらえたらなぁと思いお話ししようかなと思います。

2020年4月9日(木)開業届を出し SAYACOUCOU代表としてあらたにスタートしました。

オンラインお菓子教室をメインの事業として、世界を目指すのか?遠回りしながらもこの形になるまでの道のりです。

開業をきっかけに自分の今までの道のり、そしてこれからの未来にお菓子を通して皆さまに何を伝えられるかブログに書き留めようと思います。

最後まで読んで頂けたら嬉しく嬉しく思います。

食の世界に興味をもったきっかけは幼少期の時の誰にも負けない食い意地からだった

私は小さいころから食べることが大好きでよくお菓子の入ったビニール袋を手に持っていました。母いわく、お菓子の袋を持っている時が私の機嫌が一番良かったんだそうです。

そして食に興味があるとハッキリしたのが小学校の家庭科の授業でフルーツをお皿に盛る担当だった私。
先生がみんなの前で私の盛り付けたフルーツを手に取り「山田さんの盛り付けたフルーツはとても素敵ですのでみんなも参考にしてください」とみんなの前で褒められた事がすごくすごく嬉しくて、これが小学校4年生の時です。
私は学校が本当に嫌いで勉強も嫌いで人と話すのもびくびくするタイプだったので(今とは正反対かも)。

それから自宅でも料理をするようになりました。当時はお菓子だけではなく料理全般が好きな女の子でした。

中学校の時は部活なり好きな男の子に夢中でww料理から離れてしまったのですが、高校生になりまたじわじわと料理に対しての熱~い情熱が蘇りました。
進路を決める高校3年生の時、迷う事もなく調理専門学校に進みました。

料理人としての明るい未来を描いていた私、20歳。ここからどん底に突き落とされる

専門学校生活が始まり、毎日がわくわく感の塊でした。そして同じ夢をもった子たちが集まる学校で料理人になる夢をみんなでよく語り合いました。

私の通っていた武蔵野調理師専門学校は1年制度でしたので入学と同時に就職活動の始まりでした。そして専門学校での1年が終了を迎えました。

就職先を決めるとき私は特に行きたいレストランが無く先生の勧めでホテルに就職。

そして19才、晴れて新入社員として働き、ここから厳しい現実の世界を知ることに。当時は労働時間の規定がそこまで厳しなく働く時間はとても長かったんです。
分からない事も多く先輩によっては厳しい方もいたので毎日落ち込む日々、情熱を注いだ料理の思いは何処へいったのか、、、
一緒に頑張っていた同期も次々に辞めていき、私も半年足らずで仕事を辞めてしまいました。

レストランなどに再就職するものの長く続かず、とうとう一人ぐらしから実家に戻ることに。

その後地元埼玉で仕事を探していた時ふと友達と通った道沿いに新しくオープンしたケーキ屋さんを発見。

すぐにそのケーキ屋さんに「働かせてください」と電話をし、働かせてもらえることになりました。
ここから私のパティシエの道のりが始まります。

初めて本格的なフランス菓子を作るのを目の当たりにし、、そしてケーキを作り上げるシェフがすごくかっこよくて、釘づけになりました。

そしてそこで6年私はケーキの技術を磨きました。

6年間続けたパティシエをあきらめる

5年目を迎え私は25才。将来どんな道に進もうかとても悩みました。当時お菓子業界では男性は独立してお店を持つ、女性は結婚、出産でいづれパティシエをやめる方が多く私もその時は同じような考えをもっていました。
そして6年間ケーキを作ることだけに専念してきたので休みもほとんどなく、私は腰痛持ちだったので徐々に体が悲鳴を上げていきました。

その時私は、ぷちんと糸が切れたかのように「この先もパティシエを続けていける自信」がなくなってしまいました。
蘇あひて6年続けたパティシエ業界から離れることになったのです。

そのあとは、安定を求め歯科助手の仕事を選択。受け入れてくれた歯医者さんがとても良い職場だったのでここで6年続けることができました。

その間これまで働き詰めで行けなかった沖縄に友達とダイビングしたり、彼氏ができたり、自由な休みがあることにとても満足していました。

諦めたパティシエにもう一度挑戦したい

そして歯科助手に務め6年、、歯科助手を辞めることになりました。やはり自分の気持ちには嘘はつけなかった。自分はパティシエという世界は厳しい、お給料は少ないし、やらない方が良いと自分に言い訳をしていました。
歯科助手を6年している中でも頭の片隅に常にお菓子のことは思い出していました。

ここの底からお菓子の世界に戻りたいと強く思うようになりました。でもどう戻ろう。現役パティシエをもう一度やる体力も自信もない。でも私にはお菓子しかない。

悩みに悩んだとき、ふとパティシエ時代の24歳の頃にお菓子の本場フランス・パリに行ったことを思い出しました。
初めて日本を離れフランスの文化に触れ、言葉も分からなかったけど世界はこんなにも広いのか~と心と体で感じました。
「もう一度フランスに行きたい!」「次はフランスのお菓子屋さんで働きたい!」と強く思いだしました。

フランス行きを決めたのは30代ですがもう行くと決めていたので、言葉も分からないまま、貯金を全てつぎ込んでフランスに飛び込みました。

パティシエとしてケーキ屋さんでは働かなかったものの学生ビザで語学学校に通い、パン屋さんの売り子のバイトをしながら自分と向き合う日々を過ごしました。

私がフランス旅を思い出しながら書いたお菓子「ガトーバスク」レシピはこちら↓↓

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私の新たなお菓子の世界を創り上げる

そして1年後に日本に帰国。
フランス生活で気付いたことは沢山ありすぎてまたブログに書き留めたいと思いますが、一番変わったことは「自信を持つ事」でした。
日本に来た時は自分の将来をとても狭く考えていました。でもそう思ってたのは自分だけで、私のやるべき事ってもっと考えればあるのではないか、自分をもっと高く評価して良いのではないか。
人にどうこう言われても自分の決めたことはやり通す。

そして、自分のやりたい事を素直に人に言えるようになってから世界が変わりました。出会う人も変わりました。
今、私が自分の力で歩み出しているのが
現役パティシエを離れたからこそ私にできること。
それが私が主としている「オンラインお菓子教室」です。

・家庭のキッチンでお菓子を作るコツや悩みをリアルに伝えられる
・家庭でのキッチンでも本格的なフランス菓子が作れる
・フランスの方にオンラインで和菓子を伝える
・海外からでもオンラインお菓子教室は可能である
・地方に出張パティシエ
・レシピ考案(果物農園さんで売れなくなった果物を使ったお菓子のレシピ考案)
・調理師専門学校などで夢をあきらめないための方法などの講演

お菓子を通してやりたいことのアイディアは沢山あります。

さやココのオンライン教室で、世界を幸せに。

私のお菓子で皆さんの食卓が笑顔になり、またお菓子作りの楽しさが発見できたり、気持ちが満たされるようなお手伝いができたら嬉しく思います
そして私のお菓子ファンが増えてくれたら嬉しく思います。

まとめ

私が大事にしていること

・遠回りしても夢をあきらめない事
・自分を信じること
・情熱を持ち続けること
・まずは飛び込むこと、実行にうつすこと

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オンラインでお菓子教室を開催しました
皆さんこんにちは、さやココです。 フランスと日本の架け橋のために菓子職人として日々活動中です。 ヨーロッパ各地を訪れお菓子マニアとして日々進化中でございます。そして私の大好きなお菓子で皆さまの食卓に私のお菓子が並んでくれたらどんなに幸せ...

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