本業はパティシエ。和菓子も好きである

和菓子巡り

皆さんこんにちは、さやココです。
フランスと日本の架け橋のために菓子職人として日々活動中です。
ヨーロッパ各地を訪れお菓子マニアとして日々進化中でございます。そして私の大好きなお菓子で皆さまの食卓に私のお菓子が並んでくれたらどんなに幸せなことか。
さらに、このブログが私の大切な人生のお菓子本にもなるわけです。

現在委託業務として島根県のケーキ屋さんでパテシエとしての挑戦を自分の日記としてブログに書き留めています

年末年始を終え。連休を頂き松江に和菓子の文化を学びに行って参りました。

まずは体を癒しに玉造温泉へ。
12月は多忙な仕事の日々でしたので玉造温泉にいることが不思議な感じでしたがしっかり体をリフレッシュすることができました。

そして清巌寺、玉造湯神社にも参拝しに行きました。

松平治郷/不昧公が愛した和菓子巡り

不昧公が愛した3代銘菓
三英堂 「菜種の里」
彩雲堂 「若草」
風流堂 「山川」

大人になってから歴史を学ぶのは楽しい

お忙しい中、松江を代表する銘菓「若草」で知られる老舗和菓子店の彩雲堂の山口 周平社長とご一緒させて頂き松江歴史館に行って参りました

江戸時代の代表的茶人の一人、「松平治郷/不昧公」の歴史を知ることができました。

山口社長にも分かりやすく説明して頂き、歴史の裏話や不昧公が審美眼であること。
今でもその不昧公のお茶の文化が松江に根付いてること。
面白かったなぁ。学びは楽しい!
そして茶道を敷居高く感じさせず、お茶を気軽に楽しむ事を不昧公は人々に伝えていたのかぁと感動しました

「松平治郷/不昧公」の歴史

治郷の父・宗衍は財政改革を推し進めたが、度重なる天災、幕府から命じられた社寺改修といった出費のため成果は上がらず、1767年に数え年17歳だった治郷に後を託して隠居た。そして不昧公が財政難だった松江藩の財政を立て直して(少しずつコツコツお金を返済していった)
藩内での借金を棒引きにするなどの債務整理や、藩の人員体制見直しといった歳出削減に大なたを振るいながら、薬用人参や櫨蝋の栽培をはじめとする産業振興策で収入増を図り、藩の財政を立て直した。

そして、十代のころから茶の湯や禅学を熱心に学んでいた不昧公は自らの茶道観を確立。

しかし茶の湯の茶道具にお金を使いすぎだなど中には不昧公の評判は悪く言う人もいたそうですが、審美眼だった不昧公は茶道具の名器を細かく分類しのちに「古今名物類聚」にまとめた。
今でも高価な物として認められている。

まとめ

和菓子に興味持ったのは、パリに留学していた時。
当時働いていた日本式パン屋さんでフランスの方に日本の和菓子について質問されて答えられなかった。
とても恥ずかしかったし情けなく感じた。
「私、日本人なのになんで答えられないんだろう」

日本人に生まれたからには和菓子の文化を知りたいとおもった。
そこから帰国後は和菓子屋で働いたりと和菓子に興味を持ちますます好きになった

菓子職人でありたい

きっと和菓子の知識が今後の私のパティシエ人生を大きく変えてくれると思っている
お菓子作りは全て共通で、フランス菓子でも和菓子でも世界のお菓子でも全てを笑顔にしてくれる身近なもの。

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